食に関する本のブログ

日本人の病気と食の歴史(奥田昌子)

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日本の国土には古来から人が住んでいましたが、現代との違いは、体の中に寄生虫がいて、マラリアやはしか、インフルエンザなどの感染症が繰り返し流行したことです。治療技術の限られた時代から、人は知恵を絞って健康を目指してきました。本書は、日本人の体質を踏まえた予防医療の視点から、今の時代に生かすべきヒントをご紹介していきます。

本書の要点
1.縄文時代から平安時代:医術もまじないも「科学」とみなされていた
2.鎌倉時代から安土桃山時代①:食べて健康になる思想が広がった
3.鎌倉時代から安土桃山時代②:天下取りの鍵は健康長寿だった
4.江戸時代:食養生の考え方が根付いた
5.明治時代、大正時代:和食を科学する時代が始まった
6.昭和時代から現代まで:結局、日本人は何をどう食べるべきか?

解説
1.縄文時代から平安時代:医術もまじないも「科学」とみなされていた
縄文時代は、魚や貝、肉、木の実などを食べ、虫歯は多かったものの、約3割が65歳以上まで生きたと報告されています。弥生時代になると稲作が普及した一方、水田のような湿地に寄生虫が感染しやすくなり、マラリアや天然痘などが流行していました。
これらの病気は呪術も読経も効くはずがなく、古墳時代からは医術にもとづいた対処法も出ていました。奈良時代になると、貴族階級の食事に変化が起こり、肉の代わりに牛乳や乳製品を摂るようになりました。ただ、庶民が玄米を食べたのに対して、貴族は白米を食べており、玄米よりもビタミンB1が不足気味だったことから、脚気が流行しました
平安時代には、薬草などの投与、針灸などの治療法が広まりました。そして、この時代には呪術が「科学」とみなされていたのも興味深いですね。実際の陰陽師は陰陽五行思想の流れを汲み、占いを行う朝廷の役人だったので、呪術は理論にもとづく「科学」だととらえられていたのです。

2.鎌倉時代から安土桃山時代①:食べて健康になる思想が広がった
鎌倉時代の武家社会では、実践して結果を出すことが要求されるようになりました。たとえば、病気に関しては人体解剖図や医学全書などに残されています。さらに、鎌倉時代から室町時代にかけて、「腹が減っては戦ができぬ」という考え方から一日三食が当たり前になっていきました。そして、繰り返される戦乱とその後の生活との効率性から、いくさや耕作にいそしむ力を蓄える食事が注目されるようになりました。かつて朝廷での特別儀式でしか出されなかった焼き物、煮物、蒸し物、汁物、漬物などの調理法は、庶民にも普及していったのです。さらに、ご飯を主食とし、おかずを副食とする和食の枠組みも出来上がり、醤油に加えて出汁や酢を活用した和食が誕生しました。この時代には、食材の健康効果について記載された書物も実在しています。たとえば、イワシの健康効果(元禄時代の『本朝食鑑』)や、梅干しを食べて呼吸を整える方法(戦国時代『名将言行録』)などがあります。

3.鎌倉時代から安土桃山時代②:天下取りの鍵は健康長寿だった
この時代は、突然倒れて半身不随になったり、言語障害があらわれたりすることを、まとめて風病と呼んでいました。こうした風病を予防・治療するため、人々はいろいろな有効法を確立していきます。たとえば、温泉は風病による後遺症に効くとされたり、味噌は塩よりもはるかに健康だと言われていました。安土桃山時代になると、てんぷら、がんもどきの伝来をきっかけに、油で揚げる調理法も知られていきます。同時に、味噌と醤油の製造法がほぼ完成しました。鎌倉時代以降は、表向きに肉食が禁止され、大豆の栽培が盛んになったためです。大豆は貴重な栄養源で、食べ応えもある食材だったので、大豆料理の発達に加え、食材の下ごしらえや調味料の工夫などをはじめとするさまざまな調理法の向上にもつながりました。その他にも、白米より玄米の栄養価が高い、季節外れや冷たいものは食べないなど、健康に即した食事が摂られるようになっていきます

それが江戸幕府誕生以降は、砂糖を使った料理や菓子が広がり、食べて楽しむ時代に変わっていく一方で、それまで少なかった病気の急激な増加を招くことになります。

4.江戸時代:食養生の考え方が根付いた
江戸時代には、外食文化も広がっていきます。そして人口が100万人を達成し、社会が安定して生活に余裕が生まれたことから、食養生という考え方が普及しました。庶民の食卓にも旬の食材が並び、一日三食が定着していきます。旬の食材を新鮮なうちに食べ、内臓脂肪のもとになる脂肪の摂取を抑えた当時の食生活は、とても健康的で、食事の改善を通じて病気を予防するようになったのです。

これらのノウハウをまとめたものとして、『養生訓』があります。たとえば、夕食は簡素にして旬のものを食べる、食べるルールを作って習慣化する、体を動かして昼寝は避ける、長生きできるかは心がけ次第だ、などと記載されています。
さらに、江戸時代後期には、ランキング本やグルメ本も誕生してグルメブームが到来したのですが、「食べ過ぎると寿命が縮む」といったメッセージが浮世絵に示されていました。

5.明治時代、大正時代:和食を科学する時代が始まった
明治時代からは西洋文化が積極的に日本へ受け入れられ、牛肉も普及していきます。明治時代には給食が始まり、子どもの頃から健康づくりを推進する動きが出てきました。そして大正時代になると洋食屋が誕生し、コロッケやオムライス、チョコレートなど欧米の料理も当たり前に食べられるようになりました。ただ、これがきっかけとなって「都会の知識人は西洋料理を食べ、衛生に配慮しているが不健康ぎみだ」とも言われました。この時代には栄養学という学問も確立され、健康と栄養に関する研究も行われています

6.昭和時代から現代まで:結局、日本人は何をどう食べるべきか?
日常生活で西洋料理が浸透する中で、特に問題視されているのが、小麦粉などメリケン粉を使った料理です。さらに、こうした食生活だけでなく、社会変化に伴う家庭の在り方にも課題があると言えます。たとえば、農村部から都市部への移行、核家族の増加によるしつけの放置、共働き世代の増加による食卓を囲んだ食事形態の現象などです。こうした背景から、好きなものだけ好きな時間に食べることが当たり前になり、偏食に陥るリスクが上がっています。さらに現代では、ご飯に対する考え方の変化から、間食と料理の境界があいまいになっています。
では、私たちは何をどう食べたらいいのでしょうか。ヒントになるのが僧侶の食事です。彼らの摂取総カロリーは、通常の男性とあまり変わらないのですが、その内訳をみると、タンパク摂取量は一般男性の65%、脂質に関してはわずか36%とかなり少ないです。一方、炭水化物は23%多く摂取していました。そこで、僧侶の血液検査を実施したところ、異常が認められなかったのです。食生活以外にも、生活は規則正しく、背筋を伸ばして呼吸を整え、心を穏やかに保つ修練を積んでいます。飲酒、喫煙がご法度なのも大きいですね。

まとめ
今回は、日本の古来から現代にいたるまでの食生活、食事の在り方の変遷をお伝えしてきました。本書には、各時代の有名な歴史的書物や人物、出来事など具体例もたくさん掲載されていますので、ぜひ一度読んでみてください。心身の健康をコントロールし、規則正しい生活習慣を取り入れていきましょう!

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